愛媛県西予市・狩浜地区にある春日神社で毎年秋に行われる「春日神社秋季大祭」。
毎年10月の第4土曜日に開催予定で、古式ゆかしい神事と勇壮な出し物が見どころです。牛鬼の練り歩きや五つ鹿の舞、漆塗りのお船を用いた御船練りなど、代々受け継がれてきた伝統行事が繰り広げられ、地域全体が熱気に包まれます。
祭りのクライマックスには、急な石段を三基の神輿が一気に駆け上がる宮入りが行われ、訪れる人々を圧倒する迫力と感動を与えてくれます。
春日神社秋季大祭の日程

日程
開催日:毎年10月の第4土曜日
開催時間:5:00~17:30
場所:春日神社
お問い合わせ先:狩江地域づくり活動センター
電話番号:0894-65-0301
開催日
春日神社秋季大祭は、毎年10月の第4土曜日に開催されます。古くから続くこの祭りは、牛鬼や五つ鹿、お船練りなどの出し物が披露されます。勇壮かつしめやかな雰囲気の中で神輿や伝統芸能が展開され、秋の里を彩ります。
開催場所
春日神社秋季大祭の舞台となるのは、愛媛県西予市明浜町狩浜地区にある春日神社です。奈良の春日大社からの勧進を受けて1190年頃に創建されたと伝わる歴史ある古社で、海と段々畑に囲まれた美しい風景の中に鎮座しています。
神社へ通じる急な石段は祭りのクライマックス「宮入り」の場として知られ、地域の人々の信仰と熱気があふれる場所となります。
春日神社秋季大祭とは

神社の由緒
春日神社は、奈良の春日大社からの勧進を受け、1190年頃に創建されたと伝わる古社です。宇和海を望む西予市明浜町狩浜にあり、地域の人々から厚い信仰を集めてきました。
御神体を巡っては盗難の伝説があり、海に沈んだものを大蛸が拾い上げたという逸話も残ります。この出来事をきっかけに狩浜では蛸を神聖な存在として食べない風習も続いており、神社は歴史と信仰、そして地域文化の象徴として受け継がれています。
秋季大祭の歴史と特徴
春日神社の秋季大祭は、江戸時代末期から開催されてきた伝統行事です。祭りは古式に基づき、しめやかでありながらも勇壮に進められます。最終日には、地区ごとに牛鬼、五つ鹿、御船の練りが披露され、地域全体が盛り上がります。
中でも狩浜地区の「暴れ牛鬼」と呼ばれる激しい動きや、急な石段を三基の神輿が一気に駆け上がる宮入りは圧巻。衣装や道具には歴史あるものが用いられ、昔ながらの風情を色濃く残す祭りです。
春日神社秋季大祭の見どころ
勇壮な「牛鬼」の練り
春日神社秋季大祭の中でもひときわ目を引くのが「牛鬼」です。巨大な牛鬼は、お仮屋の前を縦横無尽に走り回り、見る者を圧倒します。狩浜地区の牛鬼はかつて「暴れ牛鬼」と呼ばれ、激しい動きで知られていました。
子どもが恐れて泣き出すほど迫力があり、ある老婆が「夢にまで出てきて追いかけられた」と語るほど、地域の人々に強い印象を残しています。その力強さは、祭りの勇壮さを象徴する存在です。
優雅な「五つ鹿」
「五つ鹿(いつしか)」は、春日神社秋季大祭に欠かせない演目のひとつです。名前の通り鹿を模した舞で、地域に伝わる伝統芸能として披露されます。
勇壮な牛鬼とは対照的に、しなやかで優雅な動きが特徴で、古来から受け継がれてきた祭りの格式を感じさせます。五つ鹿はただの余興ではなく、神事に深く結びついた神聖な舞であり、里の人々にとって誇りでもあります。力強さと優美さの調和が、祭りの大きな魅力の一つです。
海とともにある「御船練り」
狩浜地区の伝統として続く「御船練り」は、海と共に生きる地域ならではの演目です。明治20年代に作られた漆塗りのお船を前後に組み合わせ、一隻に仕立てて練り歩きます。かつては台船に乗せ、三味線や太鼓の音に合わせて海上渡御が行われ、踊りが披露されました。
現在は漁船の機械化により海上での演舞は行われていませんが、陸上で歌舞が演じられ、伝統が受け継がれています。歴史ある衣装や道具も用いられ、古式ゆかしい雰囲気を今に伝えています。
急な石段を駆け上がる三基の神輿
祭りの最後を飾るのが、春日神社への宮入りです。高台にある神社へ続く急な石段を、三基の神輿が一気に駆け上がる姿は圧巻です。この勇壮な光景には、かつて盗まれた御神体を早く神社に戻したいという伝説が由来しています。
御神体を大蛸が拾い上げてくれたという逸話と結びつき、地域の信仰心を象徴する場面です。神輿が石段を駆け上がる様子は、祭りの最高潮を示し、観る者に深い感動を与えます。
地域を彩る多彩な出し物
春日神社秋季大祭は、地区ごとに牛鬼、五つ鹿、御船など、代々受け継がれた出し物が披露されます。これらの練り物は地域を練り歩き、村全体が熱気に包まれます。さらに、相撲練りや巫女の舞など、多彩な演目が祭りを彩ります。
地域の人々が役割を分担し、子どもから大人までが参加することで、伝統が脈々と受け継がれているのです。一年で最も盛り上がるこの瞬間は、地域全体の結束を感じられる特別な時間です。
狩浜地区ならではの伝統
「猿田彦(先達)」の役割と由来
狩浜地区の春日神社秋季大祭では、神輿を先導する「猿田彦」、またの名を「先達」と呼ばれる役割があります。この役は、代々神社に奉仕する「宮烏(みやがらす)」の家から男子一人が選ばれ、重要な役目を担います。
祭りの日は身を清め、神社に寝泊まりするなどの風習があったと伝えられています。目立つ存在ではありませんが、「先達がおらんと祭りが始まらん」と言われるほど、祭りの進行に欠かせない存在です。
御神体を巡る伝説と蛸の逸話
狩浜には、春日神社の御神体が盗まれたという伝説が残っています。盗人は海から逃げようとしましたが、大時化に遭い、御神体は海に沈んでしまいました。
翌朝、佐田岬半島の名取地区で、人々が蛸が頭上に捧げるように運んできた御神体を発見し、大切に祀ったと伝えられます。
その後、狩浜の人々が御神体を迎えに行き、神社へと戻したことで祭りに深く結び付く逸話となりました。
蛸を神聖視する風習
御神体を蛸が海から救い上げたという伝説から、狩浜では蛸を神聖な存在として扱うようになりました。それ以降、地域では蛸を食べない風習が生まれ、現在でもこの習わしを守る人々がいます。
単なる食の禁忌ではなく、神社と祭りの歴史、そして御神体を守ったとされる蛸への感謝の心が根付いています。この風習は、祭りの精神性や土地の文化を象徴する大切な要素となっています。
地域の祭り文化
家々で振る舞われる「皿鉢料理」と「おきゃく」
春日神社秋季大祭の日には、各家庭で豪勢な「皿鉢(さわち)料理」が用意されます。この料理は大きな皿に寿司や煮物、揚げ物などを盛り付けたもので、祭りを彩るごちそうです。
また、この時期には「おきゃく」と呼ばれる風習があり、親戚や友人、近所の人々を招いてもてなします。祭りを通じて地域の人々が心を一つにし、交流を深める大切な時間となっています。
歴史ある衣装や道具の継承
春日神社秋季大祭では、昔から伝わる衣装や道具が大切に使われ続けています。特に狩浜地区のお船練りでは、慶応2年(1866年)に新調された袴や裃が現在まで受け継がれており、丁寧な手入れによって良好な状態が保たれています。
また、お練りに使われる道具の多くも歴史的価値が高く、祭りの厳かな雰囲気を引き立てています。古きものを守りながら祭りを続ける姿勢が、地域の誇りとなっています。
まとめ
春日神社秋季大祭は、奈良の春日大社を起源に持つ歴史ある祭りで、牛鬼や五つ鹿、御船練りといった伝統行事が受け継がれています。
最終日の神輿の宮入りは特に迫力があり、地域全体が一体となって盛り上がります。
狩浜地区では猿田彦の役割や御神体をめぐる伝説、蛸を神聖視する風習など独自の文化が息づいています。古くからの衣装や道具、家庭で振る舞われる皿鉢料理もまた、祭りを支える大切な要素です。